キャラクター研究:若島津健 東邦編




東邦学園〜愛と欲望のブラックホール

さて中学生編でございます。若島津は日向を追って東邦学園に入学しました。
これは「やおい」ジャンル成立史における最重要事件と言っても過言ではありません。C翼は女子同人人口を爆発的に増加させたエポックメーキング的作品として知られていますが、仮に若島津が東邦に入らなかったら、C翼があれだけの大ブームになることもなかったと考えられます。かつて膨大な数の女子中高生を底なしの腐界に引きずり込んだ、女子同人界史上最大のブラックホール・東邦学園。そこに我々はいったい何を見い出したのでしょうか。
ここでは主に東邦学園に焦点を当て、「ストーリー」「キャラクター」「舞台装置」の3つの観点から、同校が同人界に与えた影響について考察したいと思います。


1.ストーリー 〜 「カップリング」の誕生 〜

小学生編と中学生編のストーリー展開を日向サイドから見ると以下のようになります。

(A)小学生編 : 若島津大会欠場→キャプテン日向、順当に勝ち進み準決勝進出→準決勝で敗退の危機・若島津スーパーセーブ・日向勝ち越しゴール→日向、若島津揃って決勝進出
(B)中学生編 : 日向大会欠場→キャプテン若島津、順当に勝ち進み準決勝進出→準決勝で敗退の危機・日向のゲキで同点に・若島津勝ち越しゴール→日向、若島津揃って決勝進出

(A)と(B)がまったく同じ構造をしているのがわかります。はっきり言って、日向と若島津を入れ替えただけ。つまりこの二人はわざわざ揃って舞台を移し、同じことを繰り返したわけです。

これほど因縁めいた作りのエピソードは他にありません。
日向が東邦に入学したことで、中学生編では南葛vs明和のチーム対決から、翼vs日向の個人レベルの戦いに焦点が移りました。ここで若島津も一緒に東邦に入り、彼が明和のチームメイトではなく日向の個人的なパートナーであることが強調されます。
そして時を超え、場所を変えても繰り返される二人のドラマ、運命の不思議。時に役割を替え、助けたり助けられたりしながら成長してゆく相互補完の関係。そばにいても離れていても、病めるときも健やかなるときも、変わらない二人の絆。少女マンガだったら死をもって成し得るしかない「完全な対」の姿が、この熱血スポーツマンガの脇筋の中にあったとは!
C翼以降の女子同人界の「カップリング」偏重傾向は、この二人の因縁の物語を源流としていると見て間違いないでしょう。
〜ヒストリー・オブ・若島津健 その3〜
健・中学1年生。大会見学後、同期のみんなと記念撮影。可愛いので人気者だった。前列左から松木・島野・反町・小池、後列左から川辺・高島・若島津・今井・古田。日向はすでにレギュラーだったため別行動。

2.キャラクター 〜 「受」の発見 〜

まず、東邦メンバー(日向以外)と若島津の関係を見てみましょう。

DF (今井・川辺・高島・古田)
同人誌でもほとんど登場することのない地味どころ。若島津の言うことは何でも聞き、若島津が不調のときは皆で守ろうと頑張り、若島津が無謀なことをしても決して怒らない忠実なるしもべたち。

MF (小池・島野・松木)
ゲームメイクはタケシ、攻撃はFW二人に任せきりで守りにまわっていることが多いのは、やはり若島津が気になるからか。同人誌では若島津ファンクラブ会員的ではあるが(会長は反町)、登場頻度は高い。

タケシ
日向と若島津、二人だけだとなんだかやらしい感じになるので間にタケシを置いた、とも思えるが、タケシがいることで余計に夫婦っぽさが目立つ、とも思える。本人いわく「中をとりもつタケシくん」。やはりそういう役回りか。

反町
実は原作での絡みはほとんどない。しかし「キャプテンの代わりは俺」が、「センターフォワード」だけでなく「若島津のパートナー」の座も狙っているように見えるため、フラれ役として重宝されてしまう気の毒な人。

北詰監督
誰もが考えた「日向を出場させたければ私の言うことを聞け」。日向のいない間に若島津と親睦を深めようという下心見え見え。息子の留守に嫁にチョッカイを出す舅、いや、部下の弱味につけこんで関係を迫る上司か。
〜ヒストリー・オブ・若島津健 その4〜
失踪した亭主の身代わりに連れ去られる嫁と追いすがる子供。「タケシ、今はおまえだけが頼りなんだよ」「ああお父さんがいてくれたら・・・」(どうしてもそう見える)

以上のことからわかるのは、若島津の持つ「ヒロイン」性です。
母であり娘であり、女王様でありアイドルであり恋人であり−−ここで重要なのは、これだけヒロインの要素を有しながら、若島津が強くカッコいい戦う男である、ということです。
こんな魅惑的な設定が他にあるでしょうか。女子マネなんぞ比ではありません。強い男が強い男のまま、紅一点の女役として存在しているのです。つい妙な妄想に走ってしまうのもやむを得ないことでしょう。

C翼以降の同人誌で顕著なのは「総受本」に象徴される受メインの話作りです。とにかく受は惚れられっ放しのやられっ放し。いかに受にエロいことをさせるかが女子同人界の至上命令であるかのようです。
東邦学園のマドンナ・若島津は「される男」の可能性とその魅力を世に知らしめました。「女が見たいのは男のエロ」−−その単純な真理に気づかせてくれたのです。


舞台装置 〜 「男の世界」と「見る女」 〜

女子同人誌の世界は基本的に男の集団のみで成り立っています。
女は普通存在せず、いても「メインカップルのどっちかにフラれる役」くらい。描き手も読み手も女ですから、女の話なんかどうでもよいのです。昔から男子校・寄宿舎・団体競技・格闘技・SFなど無理なく男だけの世界が作れる設定が好まれており、サッカーマンガで女性キャラの存在感が薄いC翼、中でも女子マネすら存在しない東邦が人気を博したことは何の不思議もないでしょう。しかし東邦学園の人気の理由はそれだけではありません。

東邦学園の特殊性は、唯一の女性キャラとして小泉さんを置いたことにあります。
女子同人誌において女性キャラというのはだいたい「邪魔」の一言で片付けられるものですが、小泉さんは大概理事長になって活躍しており、また登場しないまでも人気は高いようです。これはいったいどういうことなのでしょうか。 
自分は直接関わらず、傍観者的な立場で、男の子たちの恋愛を、おもしろがって見ている女−−同人誌における小泉さんの描かれ方はこのようなものです。つまり東邦学園とは「『見る女』が支配する『男だけの世界』」であり、女子同人界そのものの姿と重なるのです。これが実に感情移入しやすい。小泉さんは私自身だったのかもしれません。

自分好みの男×男の美しくもいやらしい恋愛をただ「見たい」−−東邦学園は、そんな女の野望と完全にシンクロする世界であったと言えるでしょう。


まとめ
C翼以前にも「やおい」的な作品は多数ありましたが、やはり現在に至る女子同人界の方向性を決定づけたのはC翼、特に東邦学園を舞台としたコジケンでした。
東邦学園には女子同人誌の核となる要素が揃っていました。その上、それらは原作者の意識の外にあり、最高の材料が手付かずの状態で放置されていたのです。そりゃあもう好き勝手にいじらせてもらうに決まっているでしょう。「私の見たいものがここにある」と誰もが思える、まさに腐女子のワンダーランド。
それまで普通だった女子中高生が雪崩を打って同人界に押し寄せたのも当然の帰結だったのです。


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