あれから10日。
決勝戦の3日後には静岡での全日本Jrユースチームの合宿に参加、それももう今日が最終日だ。午前中に東邦学園高等部と練習試合を行い、直後にヨーロッパ遠征メンバー発表。あさってにはハンブルグへ発つという強行日程で、選手たちは慌しくそれぞれの地元へと散っていく。俺たち東邦組は高等部と一緒に専用バスで学校に戻った。
「お疲れさまでしたっ! それじゃ、あさって、空港で!」
寮に着くなり反町は休む間もなく荷物をまとめ、食堂で早い夕食を取る日向さんと俺に挨拶すると、バタバタと自宅へ帰ってしまった。小池、タケシもそれに続いた。
「なんで小池まで…」
「気ぃ利かせてんだろ」
「……」
どうして、あんたは、そんなことを、さらっと。
「タケシだって、帰らないんですかとか、訊きもしないで」
「言っとくけどな、あいつ、おまえよりずっと勘いいぞ」
日向さんは吐き捨てるように言う。
「もちろん、そんなことになってるとまでは思ってないだろうが、様子が変なのはわかんだろ。おまえ、すぐ顔に出るから」
「キャプテン…。あの、あんた怒ってます?」
「あたりまえだ」
決勝の翌朝、俺は日向さんに黙って明和に帰った。合宿と、その後に控える遠征の準備が理由だが、本音はものすごく気まずかったからだ。
実家にいる間に日向さんは一度電話をくれたのだが、取り次いだ姉が余計なことをベラベラしゃべり、父さんとの約束の件をバラしてしまった。「若島津てめえ…」と怒りに打ち震える声にますます居たたまれなくなり、ケガの治療とか親に引き止められてとか言い訳をして、結局学校に戻ったのは合宿所に出発する直前だ。それから二人きりになる機会もなく今に至っている。
「俺が退部届のこと黙ってたからって怒ったくせに、自分はなんだよ」
「ちょっと待ってください。別に俺、怒ってなんか…」
「めちゃくちゃ機嫌悪かったじゃねえか! さっきも言ったろ、すぐ顔に出んだよ。わかりやすいんだよ、おまえは!」
う、そ…。
そう、なのか俺…。みんなそんなふうに見てるのか…? いつも冷静であれと、露骨に感情出さないように心がけてきたつもりなのに…。小さい頃からの精神修養が全然役に立っていないのか。かなりショック…っていうかこの人、こんなに意地悪かったっけ?
「とにかく」
ダン、と乱暴に湯呑みを置くと、日向さんは身を乗り出すようにして俺をにらみつけた。
「今日用事済んだら俺んとこ来い。今度は逃げんじゃねえぞ」
と言われても、これが逃げずにいられようか。
『俺は、あんたが、好きです』
そうキッパリ告げた自分が信じられない。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。自分がこんなにも後先考えないヤツだったとは…。そりゃ好きなのは事実だし、あのときは言わずにいられなかったし、日向さんも俺のこと好きだって言ってくれたけど、だからって、そのあとどうなる?
女の子だったら告白してオッケーならつきあうことにして、デートしたりとかするんだろうが、日向さんだぞ。どうするんだ? ああ…俺本当に何にもわかってなかったんだ…。
俺は日向さんのことを、サッカー以外関心のないカタブツだと思い込んでいた。浮いた話ひとつ聞かないし、友達と猥談してるところも見たことがない。俺が変な目で見てたなんて知ったら怒り出すんじゃないかと、準決勝前夜にキスをされてもなおその考えは変わらなかった。
だが、日向さんは予想外にやらしかった。
おまえとヤッてる夢見ただのオカズにしてるだのと、いともあっさり告白し、少しも悪びれないのに驚愕した。相手が俺だという以前に、そういう話題が出ること自体慣れなくて戸惑った。
なんていうか、その、イメージが…。別にイヤなわけじゃないんだけど…。今更ながら日向さんのことをよく知らなかったのに気づかされる。
これまでの経緯から判断すると、どうやら彼は俺と寝る気でいるらしい。
考えたこともない、と言ったらウソになる。
好きだというのがプラトニックな感情だけじゃないのは自分でもよくわかってる。俺だってそんな夢を何度も見た。触れたい、という気持ちはある。でも、そこまで具体的に想像してみたことはなかったんだ。しかも、こんなすぐに現実の問題として降りかかってくるなんて。
日向さんが妙に余裕なのも気にかかる。
この人、いったいどれだけ俺のことわかってるんだ。おまえのことなんて全部お見通しだと言わんばかりの態度は何なんだ。
俺の夢が「される」側のものだったってことも感づいてるのか。
あれは、日向さんに触られまくった記憶を身体が反芻しているだけなのだと、自分では思っていた。そういう願望があるわけじゃない…けど、もし、するとしたら俺、女役やるんだろうか。多分、そういうつもりでいるよなこの人。
日向さんとすんのか、あれ。今日。
かああああああっ! 嘘だろおい! やったこともないのに。どうしよう。やだ。いや、嫌じゃないんだけど、まさか本当にそんな…。だって、だって、日向さんだぞ!
なんでこの人はこんなに落ち着いていられるんだ。あのときも、なんで、あんな平気な顔して続きとか…。相手俺だぞ!? 経験…あるわけじゃないよな。でもわからない…。もう何が何だか全然わからない。
「どうした若島津」
「いえ、あの、何でもありません…」
「それじゃ、またな。待ってるから」