沖縄から戻って早々、日向は監督から戦力外通告を受けた。
全国大会初日。第一戦を見学後、ひとり寮に戻り自室のベッドに横たわると、一週間にわたる特訓の疲れが一度に出てそのまま眠り込んでしまった。
目を覚ますと、若島津が立っていた。
「よお…」
いつからそこにいたのか、若島津はベッドの脇で静かに日向を見下ろしていた。日向が手を伸ばすと、若島津は逃げるように足を引き、向かいのベッドに腰掛けた。
重い沈黙が流れる。
若島津は長い指を顔の前で組み合わせ、うつむいたきり黙っている。
日向は上体を起こした。
目に焼きついて離れない。机の上に押しつけた肩。広がる長い髪。露わになったうなじがやけに白かった。
あんなことまでして沖縄に行った結果がこれか。俺はいったい何をやってるんだ。
「試合…」
やがて若島津が口を開いた。
「勝ちました。2対0で…」
「ああ、そこまでは見てた」
「これからも、勝ちます。キャプテンが出るまで、俺たちで」
「俺は使わんとさ」
若島津が顔を上げる。
「使いますよ」
「えれー自信だな」
「あんただって3年前、俺が戻るって疑わなかったでしょう」
「ああ」
「俺も、みんなも、キャプテンと一緒に決勝に出るって信じてます。今度こそ、南葛を倒して優勝しましょう、キャプテン!」
変に明るい口調だった。気を遣っているのがよくわかる。
「夕飯、行きませんか。もう7時過ぎてますよ。みんなにも顔見せてやってください。心配してたんですよ」
若島津はそう言うと、日向の返事を待たずに立ち上がった。そしてドアのノブに手をかけたとき、
「若島津!」
日向は後ろから呼び止めた。
「ごめん」
若島津はゆっくりと振り返った。そして小さく首を振り、力なく笑った。
中学最後の全国大会は、決勝で南葛と引き分け両校同時優勝で幕を閉じた。
学校に戻って祝勝会に出たあと、若島津はその日のうちに実家に帰った。決勝で負った肩のケガのため、地元のかかりつけ医で精密検査を受けるのだと言っていたが、それにしては行動が早すぎる。どうも前日から荷物をまとめていたらしい。
日向は寮の自室に戻り、きれいに整えられた空のベッドを見つめた。
若島津がいない。
せめて今日くらいは一緒に優勝の喜びを分かち合いたかった、と思う。迷惑かけたことも詫びたい。話したいことも山ほどある。何年も同じチームで頑張ってきて、やっと念願が叶ったんだぞ。毎日一緒にいたのに、なんで今いないんだよ。
日向はスポーツバッグを乱暴に投げ捨て、ベッドに倒れ込んだ。
身勝手なのはわかっている。自分は勝手に失踪しておいて、若島津がいないとイライラする。
だいたい話すったって何を話すんだ。今まで俺はあいつとまともに話をしたことがあったか。若島津はいつだって最小限しか口を開かない。そして俺が一番欲しい言葉をくれる。俺がわめき散らしたり、黙り込んだりしても、あいつは変わらない。変わらず、そばにいてくれた。
でも、今はいない。
想いは同じだと思っていた。若島津が自分と違うことを考えているなんて想像もつかなかった。共に笑い、共に泣き、共に戦う、それが当たり前だった。
−−わかっている。それをぶち壊したのは、俺だ。
若島津が実家に帰ってから5日が過ぎた。
「日向さん!」
寮の食堂で昼食をとっていると、反町が駆け寄ってきた。
「若島津、まだ帰ってないんですか?」
「ああ」
「明日から合宿ってわかってますよね、あいつ。実家から直接つま恋まで行くつもりなんでしょうか」
「聞いてねえぞそんな話」
翌日から全日本Jrユースの合宿が始まる。東邦からは5人が参加、早朝の新幹線で静岡へ向かうことになっていた。
「今聞いたんですけど、合宿の日程変わるらしいんですよ。ユースの大会に出ることが決まったとかで、日本での合宿は1週間くらいで切り上げてすぐヨーロッパに向かうそうです。…若島津にも連絡しといた方がいいですかねえ」
「…俺電話しとくわ。肩の具合も気になるしな」
「頼みます!」
もういいかげん頭に来ていた。どうして戻ってこない。どうして何の連絡も寄こさない。
別に行方をくらましたわけでもなく、帰省すると言って帰省しただけだ。用があれば電話でもすればよかった。
用なんかあるか。
若島津がいないのが落ち着かない。
「日向くん?」
電話に出たのは若島津の姉だった。
「きゃーーっ! 優勝おめでとーー!! あっ、あたし姉です、お久しぶり〜」
「どうも…」
日向はこの姉が苦手だった。会ったのも電話で話したのもほんの数回だが、何か見透かされている気がしてならない。
「健ちゃんならもういないよ。そろそろそっちに着くんじゃない? 明日から合宿でしょ?」
「そうですか、それじゃ…」
「でもよかったね〜、一時はどうなることかと思っちゃった〜」
「はあ…」
「あんな約束して健に無理させたって、もう親父も半泣き! こんなことになるなら認めてあげれば…って、駆け落ちした娘じゃあるまいし」
「は?」
「ほら優勝できなかったらサッカーやめることになってたじゃない?」