keeper charge (1)



 「キャプテン…俺、キャプテンが好きです」
 空手着姿の若島津が大きな目をうるませて迫ってくる。
 「わっ若島津」
 「俺を…俺を抱いてください」
 「なっ…何言ってんだおまえ、俺たち男同士じゃねえか」
 「キャプテン、実は俺…」
 若島津は空手着の左右の衿をつかみ、外側へぐいっと広げた。
 「俺、女だったんです!!」

 −−!!
 ガバッと跳ね起き、日向は暗闇の中でしばし呆然とした。
 「またか…」
 我に返り、大きく肩を落とす。息が荒い。額から汗が流れてくる。
 隣のベッドでは若島津が身動きひとつせず、行儀よく眠っている。日向はその白い顔を見て、深くため息をついた。

 どうも最近おかしい。
 夏の大会が終わった頃から日向はやたら夢を見るようになった。
 中学に入って初めての全国大会は準優勝に終わり、3年生は全員公式戦から引退した。日向の悪夢はその頃から始まっている。
 それまでは夢なんか見なかった。東邦に入学する前、家計を助けて働きながらボールを蹴っていたときも、入学後、すぐにレギュラーとなり全国大会優勝目指して練習に打ち込んでいたときも、毎日疲れ果てて寝床に倒れ込み朝までぐっすり眠った。
 「おはようございます」
 朝陽がまぶしい。日向はいつも若島津がカーテンを開ける音で目を覚ます。
 若島津の朝はいつも爽やかだ。すでに完璧に支度を整え、ベッドまわりも整頓してある。空手道場である実家での厳しいしつけの賜物か。
 「あ…ああ」
 最近若島津の顔をまともに見られない。何しろもう1週間ほど連続であの夢を見ているのだ。
 −−俺、実は女だったんです。抱いてください。
 ここで目が覚めることもあれば、先へ進んでしまうこともある。13歳の日向にはまだ何の経験もないが、この手の夢を見ても不思議はない年頃だ。しかしなぜ毎回毎回相手が若島津なのか。
 夢の光景の出所ははっきりしている。1年ほど前、若島津の家で若島津と瓜二つの姉さんを見たのだ。空手着を着て胸に晒しを巻いていた。だがなぜ姉さんでなく若島津になって出てくるのかがわからない。

 「集合!」
 北詰監督の号令で、グランドに散らばっていたサッカー部員が集まってくる。
 「今週土曜日のS中学との練習試合のスターティングメンバーを発表する。まずFWは2人、平井、日向」
 全国大会後、3年生が抜けて初めての練習試合だった。これまでのレギュラーは日向以外は全員3年生。次期主力となる2年生にとっては今後のポジション獲得を占う大事な緒戦だ。
 「…DFは3人、宮村、松尾、中島。GKは若島津。以上だ」
 「若島津?」
 黙って聞いていた一堂が一斉にざわめいた。
 無理もなかった。発表されたメンバーは日向と若島津以外全員2年生。入学当初からレギュラーを約束され全国大会にもすでに出場している日向はともかく、若島津には何の実績もなかった。
 「か…監督!」
 2年生ゴールキーパーの山口が声を上げた。これまで控えのキーパーとして何度か公式戦にも出場している選手で、180cm近い巨漢である。
 「何だ」
 「どうしてスタメンが1年生の若島津なんですか? 今まで1回も試合に出たことないじゃないですか」
 「だから出すんだ。私は今回若島津を使ってみたい。それだけだ」
 「でも鈴木先輩の控えはずっと俺でしたし、今までずっと、3年生が引退したあとはそれまでの控えが昇格して…」
 「今までのことは知らん! サッカーは慣例でやるものではない。常にそのときの実力を見てメンバーを選考するだけだ。それに今回の先発が即レギュラーと決めたわけでもないし、おまえを外すと言ったわけでもない。すべてこれからの話だ」
 山口は納得しかねる顔で口をつぐみ、振り返って後列の若島津をにらみつけた。当の若島津はまったく表情を変えず、黙って話を聞いている。

 「若島津、さすがだなあ。もうレギュラーかあ」
 寮の食堂で日向と若島津が夕食を取っていると、同じ1年生部員の反町が近寄ってきた。
 「まだ決まったわけじゃないって監督も言ってたじゃないか」
 若島津は抑揚のない声で返す。
 「でも決まったも同然だよ。山口先輩が騒ぐのも無理ないよ。いつも代替わりした直後にスタメン決めて、ほぼそのまま行くもんあの監督」
 反町は初等部からの持ち上がりで内情に明るい。
 「もちろん日向さんみたいな例外もいるけどさ。日向さんは本当に特別の特待生だから先輩たちも仕方ないって思ってるけど、若島津がすげえってこと知らないんだよ、みんな」
 その通りだった。スカウトで入学した日向と違い、若島津は入試を受けて入った。しかもスポーツ特待の願書受付に間に合わず、学業の方の特待生試験を受けたのである。そして前年の少年サッカー大会でも出場したのはほぼ決勝のみ。同学年の反町らにとってはテレビで見た天才キーパーでも、上級生にはまったく無名であった。
 「ま、気をつけた方がいいよ。すっげえ目で見てたぜ先輩。おまえ、ただでさえ目えつけられてんだからさー」
 「反町!」
 若島津が厳しい口調で制した。反町は慌てて口をつぐみ、ちらっと日向を見た。
 「まだやってんのか、そんなこと」
 日向が言った。若島津は二人分の皿を片付けながら答えた。
 「日向さんには関係ありません」
 「バカ言うな。もともと俺が原因じゃねえか」
 「違います。俺が勝手にやったことで、あんたには何の関係もない」
 「またそうやってごまかす気かよ。だいたいいつもおまえはなあっ…」
 「まあまあお二人さん、そう熱くならずに」
 恐る恐る反町が止めに入る。若島津は立ち上がり、黙って皿を返しに行った。



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