keeper charge (2)



 若島津は入部当初から2年生とうまくいっていなかった。
 事の発端は1年生の作業分担の話だ。東邦サッカー部は伝統的にマネージャーがいない。スケジュール調整や試合の記録は2年生の主務が中心になって行ない、グランド整備やクラブハウスの掃除、洗濯等の雑用は2年生の指示で1年生全員が分担して行なっていた。
 「日向さんの分は俺がやります」
 主務の作った分担表に、若島津はいきなりケチをつけた。主務の佐藤は呆れて言った。
 「特待生だからといって例外はない。今までみんなそうやってきたんだ。1年のうちは全員で部のための仕事をしてもらう。これも練習の一環だと思えばいい。例外を作ると他の部員にしわ寄せが行く」
 「他の部員に迷惑はかけません。俺が二人分やると言ってるんです。特待生の中でも日向さんは今すでにレギュラーだし、雑用をしている暇はありません。他の人とは違います」
 「何だとてめえっ!!」
 声を荒げたのは山口だ。山口はスポーツ特待の試験を受けて入学、この頃は3年生の正GK鈴木の控えとしてベンチ入りするようになっていた。
 「入ったばかりで勝手なこと言うな! だいたい入学して即レギュラーなんておかしいんだ! 日向ばっか特別扱いできるかよ!」
 「それは学校の方針で日向さんの責任じゃないでしょう。日向さんは練習も他の1年とは別だし、同じスケジュールでは動けません」
 このときのミーティングに日向は出席していない。日向はすでにレギュラーとして3年生と同じメニューをこなし、この日は翌日の練習試合に備えて最後の調整を行なっていた。このいきさつも、すべて後で反町から聞かされたものだ。
 結局若島津の主張が通り、日向の分の雑用はすべて若島津に割り振られた。だが実際には2人分以上の負担がかかった。若島津は2年生全員から反感を買い、嫌がらせに近い言動を受けるようになったのである。
 グランドを整備する横で練習を始める、分担以上に用事を押しつける、練習時にパスをまわさない、といったことが続いた。だが若島津はまったく意に介さず、黙々と部室を片付け、ボールを磨き、ユニフォームを洗った。
 「おまえ、2年生ともめてんだってな」
 日向が若島津を問い詰めたのは、2ヶ月も経った頃である。
 反町に話を聞くまで日向は事態にまったく気づかなかった。相変わらず練習もミーティングも別だったし、寮の部屋での若島津は少しも変わったそぶりを見せない。
 「別に何ももめてません」
 「嘘つくな! 反町や他のやつからも聞いたぜ。俺の分まで雑用させられてんだろ」
 「俺が勝手にやってることで、あんたが気にするようなことじゃない」
 「俺のことじゃねえか。何もおまえが矢面に立つことねえだろ」
 「…分担表の話は単なる嫌がらせです。いくらレギュラーだからって同じ1年だって言いたいだけなんです。あんたはそんなくだらない連中につきあってる暇はないでしょう」
 「おまえだってそんな暇ねえだろ。何のために東邦に入ったんだよ。あんなやつら俺が…」
 「あんたが関わるようなことじゃありません! あんたにそんなことさせたら、それこそ俺がここにいる意味がない」
 「若島津…」
 「俺は大丈夫です。それより日向さんは全国大会に集中してください」
 そう言って若島津は笑った。

 土曜日の練習試合は5対0で完勝した。
 キーパーの出る幕もない試合だった。何度か攻め込まれたが、これといった見せ場もなく楽にゴールを守った。誰がキーパーでも変わりはなかっただろう。
 だが次の試合も、またその次も、北詰監督は若島津を使い続けた。誰の目にも、秋の新人戦に向けて若島津をレギュラーに据えようとしているのは明らかだった。
 ある日の練習後、日向と若島津はクラブハウスの裏で2年生に囲まれた。
 「なんだよあんたら!」
 日向がどなった。
 「悪いが用があるのはおまえじゃなく若島津の方なんだよね」
 「そうそう、いつもくっついてるからつい一緒に囲んじまったがな」
 どっと下品な笑いが起こる。20人を超える2年生が全員揃っていた。1年生部員は遠巻きに様子をうかがっている。
 若島津は眉ひとつ動かさず、黙って立っている。
 「なんでこんな女みてえな奴がキーパーなんだ」
 山口が言った。
 「2年には俺と高田と2人もキーパーがいるんだ。俺は特待だし、高田は初等部から東邦でやってるんだ。なのになんで若島津がレギュラーなんだよ」
 山口も高田も180cm前後の長身で、いかにも屈強な体格である。対して若島津はこのとき165cmそこそこで線が細く、肩までの長髪が違和感なく収まる女顔だ。
 「そのキレイな顔で監督でも誘惑したんじゃねえか」
 「なんだとてめえっ!!」
 「日向さんは黙っててください」
 カッとなって山口につかみかかろうとする日向を、若島津は静かに制した。その様子に、2年生部員が一斉に囃し立てる。
 「目障りなんだよ、てめえら!」
 「若島津、おまえ日向を追っかけて東邦に来たんだろ。キーパーなんかやめて日向のマネージャーにでもなったらどうだ」
 「怪しいよな、こいつら。デキてんじゃねーの?」
 「日向さん好きです、俺を抱いてください…なんつって、ギャハハ」

 −−ドガッ!!

 一瞬、全員が凍りついた。
 凄まじい殺気が場を支配した。若島津の目が鋭く光る。繰り出した右拳が、クラブハウスの壁にめりこんでいた。
 「失せろ」
 コンクリートの壁に亀裂が走った。



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